2026.3.18
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人口4万人の町に起きた“奇跡” 「死にかけていた」 シント=トロイデンVVが躍進できた理由【VOICE OF MIRACLE】
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■ 新連載『VOICE OF MIRACLE』とは?
今季、16シーズンぶりとなるプレーオフ1(上位6クラブによる優勝決定戦)への進出を果たしたシント=トロイデンVV(以下、STVV)。昨季の残留争いという苦境から一転、チームはいかにして現在の成績へと歩みを進めてきたのか。
本記事は、現在クラブが展開中の『MIRACLE STVV PROJECT』の一環として配信する特別連載です。経営陣、現場スタッフ、選手、そしてファンの皆様の「声(VOICE)」を通じて、今シーズンのSTVVの変化を多角的に振り返ります。
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連載第1回は、STVV CEOの立石敬之が登場。編成方針の転換やデータ活用など、クラブ運営の視点から今季のチーム作りの舞台裏を語ります。

■昨季は最終節でかろうじて残留を決めた
人口4万人の町にちょっとした“奇跡”が起きている。ブリュッセルから小一時間、電車で揺られた先に、のどかで美しい町並みと出合う。駅から線路に沿って10分ほど歩くと、その舞台に行き着く。
「みんな笑顔ですよね。お客さんも増えているし、プレーオフのシーズンチケットも5500枚ぐらいすでに売れている。でも一番変わったのはメディア。ベルギーはもちろん、フランスやスペインからも取材依頼が来ている。この小さなクラブに何が起こったんだって」
シント=トロイデン(STVV)という名が日本で知れ渡るようになったのは2017年11月、日本企業「DMM.com」が経営権を取得した。あれから8シーズン目を迎えた今季、ベルギー1部のジュピラー・プロ・リーグで3位と躍進している。16シーズンぶりに上位6チームによるプレーオフ1進出を決めた「カナリーズ」に、一体何が起こっているのか。2018年1月からCEOを務める立石敬之氏の言葉と共に、その“軌跡”を振り返っていきたい。
時計の針を10か月前に巻き戻す。STVVは「死にかけていた」。2024-25シーズンはレギュラーシーズンは14位に沈み、残留を懸けたプレーオフ3(13位〜16位)へ。その最中にはフェリス・マズー監督を解任し、ワウター・ヴランケン監督が就任するなど混乱を極めた。最終節で他会場の結果にも助けられ、かろうじて残留を決めた。
「去年は本当に成績的に一番きつかった。いい選手は多かったんですけど、個人のプレーを優先してしまう選手が多くて、チームワークを発揮することができなかった。これでは誰が監督をやっても勝てない状態だった。でもすごい苦しかったが故に、矢印を自分たちに向けることができました。自分たちに足らないものがハッキリと見えたのが大きかったですね」

多くの改善点が挙がったが、そのひとつが開幕前にチームを固めることだった。ジュピラー・プロ・リーグは欧州主要リーグよりも早く、7月下旬に開幕する。そのため、昨季はパリ・オリンピックに出場していた藤田譲瑠チマ、小久保玲央ブライアン、山本理仁が開幕には間に合わなかった。また立石の経営方針も“足枷”になっていた。
「今までの経営方針で言うと、ちゃんと所属選手の移籍を決めてから新しい選手を獲っていました。ファイナンシャル(財務)でリスクを取りたくなかったから。ただそうすると、8月の(移籍)ウインドウで選手補強をすることも多かった。毎年シーズン前の編成で、『こういう11人でいきたい』という希望がありますけど、それが開幕時に半分にも満たないシーズンがずっと続いていた。それは自分の中ではベルギーは開幕が早いとか、選手を売って獲らなきゃいけないとか勝手に言い訳を作っていたんですけど、ちょっと待てよと」
そこで、今シーズンは冒険に打って出た。今回は始動日に「9割の選手を揃える」ことを優先し、“売り”が確定する前に“買い”を実行した。ベストな選手を待つのではなく、早く獲得できる選手の中からベストを選んだ。その際に能力だけではなく、ある“指標”を参考にした。
「いま大手企業などで重視されるEQ(心の知能指数)という指標がありますけど、チームと一緒に何かを作ったり、ストレスを自分で発散できたり、そういうものが整った選手を獲ろうと。例えば、チームメートへの要求の仕方やレフリーに対しての態度、あとはインタビューでの立ち振る舞いなど、そういうレポートを全部出しました。あとはその選手を指導した監督やコーチに性格を聞いたりもしました。自分たちの持っている最高の人選じゃなくても、早く来てくれる選手の中で“頑張れる選手”を獲ろうと動いたのが大きかったかなと」
他にも独自データをチーム編成に活かした。各クラブの選手の国籍数を分析し、傾向として国籍数が少ないチームの方が勝ち点を積み重ねていたことに着目。今季STVVの所属選手の国籍はリーグ最少の9か国で、17か国で1番多いズルテ・ワレヘムの約半分まで絞った。今年1月にアフリカ・ネーションズカップがあることを考慮し、アフリカ国籍の代表選手も優先度を下げた。
「国籍が全てではないですけど、うちが失敗したシーズンを振り返ってみると、国籍が多い時はまとまりに欠けている傾向がありました。もちろん国籍が多くても上手に回すチームはたくさんあるんですけど、僕たち日本人がマネジメントしているチームなので、コンパクトにした方がコミュニケーションが取りやすいなと。すごくまとまりが生まれたし、シナジーが生まれた」
その結果、昨季の主力からリーグ2位の21得点を挙げたアドリアーノ・ベルタッチーニがアンデルレヒトへ、藤田譲瑠チマがドイツ・ブンデスリーガのザンクトパウリへ移籍したが、開幕から快進撃を見せることになった。
■チームに落ち着きを与える谷口彰悟の存在
今季のSTVVを見た人は揃って「どこか日本っぽい」という言葉を口にする。前線からDFラインまで全員がハードワークし、中盤の山本理仁、アブドゥライ・シサコ、伊藤涼太郎の3人がゲームをコントロールする。しっかりとプレシーズンでチームの戦い方を確立し、開幕から6試合を4勝2分けと好スタートを切った。
「Jリーグのチームみたいだよね、とよく言われます(笑い)。もちろん、日本人選手が中心ではあるんですけど、全員がハードワークする。やっぱりプレースタイルというよりは、性格的に真面目な選手を獲った結果かなと。(センターバックの)ヴィサル・ムスリウやユース上がりの(サイドバックの)ロベルト・ヤン・ヴァンウェセマール、ウイングのセヴァウイやムヤもそうかな。みんなチームのために働ける選手。そこにラストピースとして入ってきた後藤が早くフィットしたのは大きかったですね」

昨季はアンデルレヒトのセカンドチームでプレーしていた後藤は、元々リストアップはしていた。だがSTVVの強化部の中でも評価は分かれていた。自分で完結するタイプのストライカーではないことから迷いはあったが、今年のチームには“ハマる”と判断。開幕後の8月7日に期限付きで加入し、ここまでリーグ3位タイの10得点をマークしている。
「ベルタッチーニがアンデルレヒトに移籍してストライカーを探しているのもありましたし、開幕もしていたので時間もあまりなかった。うちの強みは中盤だと思っていますし、パサーが多いので、最後仕留める選手が欲しかった。そう考えたら、後藤タイプのストライカーでも点が取れるんじゃないかなと。最初の頃はポストプレーができなかったけど、どんどん成長してくれている」
だがいい時ばかりだったわけではない。第7節からの6試合では、3連敗を含む1勝1分4敗と、勝ち点わずか4しか挙げられなかった。これは中心選手の伊藤が負傷していた時期とちょうど重なったことで、「うちの強みは中盤」と再認識。より中盤の3人を生かす戦い方にシフトしていった。

開幕から機能していたハイプレスも次第に相手に対策されるようにもなっていった。そんな時にチームに落ち着きを与えたのが、最後方からチームを支える34歳の谷口彰悟だった。
「開幕から高い位置からプレッシャーを掛けていたんですけど、だんだんかわされるようになった。特に終盤戦になって押し込まれる試合が増えてきましたけど、『慌てなくていいんじゃない』という雰囲気を出せるのは、彰悟がいるから。実際、後半戦になってセットプレーから彰悟絡みで2、3試合ひっくり返しているのもありますし、何かしら起こせるという所も含めて、精神的に安定させてくれている」
これまで苦手だったウィンターブレイク明けも、あえて暖かいスペインには行かず、移動のないベルギー国内に残ってじっくり調整。それが功を奏し、後半戦になっても勢いは衰えなかった。
ディテールにこだわったからこその快進撃。4月からは優勝、そしてUEFAチャンピオンズリーグを含む欧州最高峰の舞台への出場権を懸けたプレーオフ1が始まる。いまチームは「勝ちたい」という欲求で飢えている。
「(小久保玲央)ブライアンも後藤もトップリーグでここまで試合に出るのは初めてですし、涼太郎や理仁もクラブでは試合に出ていたけど、これまでのキャリアで優勝争いをした経験はない。谷口だってアキレス腱断裂から完全復活して、リーグと日本代表でここまでフルタイムで出た経験はない。本当に全員がキャリアハイを出してくれているし、みんながハングリーだから。それも一度、死にかけた昨シーズンがあったから。ここからは未知の領域にはなりますけど、しっかり挑んでいきたい」
どん底を見たからこそできた“変革”。人口4万人の町に、本当の「MIRACLE」が訪れようとしている。